眺めるだけで満たされる

ネカフェ行こ
 
深夜に決意した僕はApexを辞めた。
 
読みたい漫画があるし、明日は特に何も無いし、快適な活動をするくらぶに向かいましょう。本当はやらなきゃ行けないことが山ほどあるのだけれど、後回し。たくさんの言い訳を引っ提げながら出かける準備をした。
 
 
深夜の2月は寒い。けれどなんだか歩きたい気分だった。読みたい漫画のために深夜を闊歩する。そんな自分に酔う事すらも許してくれるような夜だった。
 
 
いつもは車で向かう道、歩いてみると意外な発見がある。何回も通っている道なのに、きっとまだ踏んでないところ、見えてないところすらあるんだろうなぁ、なんて考えていたら前方に白い光がぼわーっと見えた。光に吸い寄せられるように向かうと、それは自販機だった。
 
こんなところに自販機あったっけ?と見てみると、それはバウムクーヘンを売っている自販機だった。1番安くて300円、高いのは1500円ほどする。なんだか急にワクワクした。こんなのあるんだって。
 
そうだ、今から行く快活○ラブは持ち込みOKだし漫画読みながらバウムクーヘンを食べよう。最高に罪深いアイデアが浮かんだ23時30分。気分は高鳴り財布を探す。小さいのでいいやと思い、300円を入れた。どんなのが出てくるんだろうと、ドキドキしながら待っていると
 
 
ガコンッ!ガッ!ガッ!
 
 
と少し詰まったようなへんてこな音がした。ん??
 
疑問に思い取り出し口を開けてみると、なんと300円の小さな箱だけでなく、1500円の大きい方のバウムクーヘンの箱も同時に落ちてきていた。
 
 
深夜に漫画を読みながらバウムクーヘンを食す。そんな大罪を犯そうとしてる僕に、さらなる罪が降ってきた気分になった。鏡を見なくてもわかる、デブ(ぼく)は満面の笑みを浮かべてた。
 
 
大きいやつは食べ切れないだろうし家に持って帰って明日の朝食に、予想外な出来事も完璧な予定に昇華した僕は念のために賞味期限を確認した。すると、賞味期限よりも重要な情報を発見してしまい、事態は一気に冷え切ってしまう。
 
 
「解凍したらすぐ食べてください」
 
 
これ冷凍なんかい!!!!甘美な大罪が冷えたお荷物に姿を変えた瞬間である。
 
漫画を読みながら自然解凍して良い頃合いで食べるというのは問題ないのだけれど、それだと余計に落ちてきた大きい方もこの深夜に食べきってしまわないといけない。かと言って10分ほど歩いてきた道を寒空の下逆走して自宅の冷凍庫にバウムクーヘンを入れて、そしてまたここまで戻ってくるような気力はなかった。
 
快活ク○ブの中は快適な活動に最適な暖かさを保たれているため一度入店したら解凍以外の道は無いだろう。この大きなバウムクーヘンをどうするかの決断をしなければ入店ができない。気軽にきたのに、急に大食いの覚悟を強いられた。
 
 
色々悩んだ末、近くに住む友人達に営業することにした。美味しいバウムクーヘンいりませんか??今ならタダです、と。しかし、時間は日を跨ぎそうで誰からも返事は来ない。もう通りすがったパトカーに投げつけようかと思った。マッチ売りの少女もこんな気持ちだったのかな。
 
 
 
文字通り途方に暮れた僕は、ふと空を見上げてみると、バウムクーヘンの真ん中をくり抜いた余りみたいな月が夜空に浮かんでた。なんだか月がバウムクーヘンに置いてかれちゃったように思えた。かわいそうに、俺も今困ってるんだよ。
 
 
寒空だからか、星がよく見える。月もはっきりと輪郭を現しており、ジッとこちらを見てるようだった。そんなおり、「月が綺麗ですね」という手垢だらけの浪漫台詞が思い浮かんだ。
 
 
あーそうかこの言葉は、「素敵なあなたと見る月だから綺麗に見えますね」、って言う事なんだと思った。だって僕の上に浮かぶ月は、綺麗だけど間抜けなツラをしてる。僕が今見てる月が今の自分のへんてこな状況の象徴だとしたら、夏目漱石の月は思いを寄せる人との幸せなひと時を表してるんだ。貴方と共に過ごしながら見る月が綺麗ですね。洒落たもんだなぁ
 
 
ところで、この台詞に返事があるとしたら何が良いんだろう。バウムクーヘンで立ち往生してる事なんて忘れてこんなことを考え始めていた。
 
 
きっと伝えるべきなのは、自分もこのひと時に幸せを感じていますってことだろう。大事なのは月がどうこうじゃ無く、月に照らされている僕らが些細な幸せを噛み締めてる事を伝えて共有しなければ行けない。
 
 
そこまで考えると、なんだから少し甘酸っぱい気分になった。ここにはバウムクーヘンと僕しかいないのに。さっきまで間抜けに見えた月も爛々と輝いていて、周りの星達も完璧な星座を形作っていた。たまに月を陰らせる雲でさえも粋な演出に思えてくる。気づけば僕の視界は夜空でいっぱいになっていって、月めがけて飛んでいきそうな抗えない浮遊感を錯覚し、心地よさを覚えた。
 
 
あー、恋に落ちた時もこんな感じだった気がする。良いも悪いも全てが理想に見えてきて、都合の悪いことは見えなくなったり、都合よく解釈したり。そして気づいたら吸い込まれていくように頭の中で距離が近くなる。望遠鏡を覗いた時みたいに、視界が相手で埋まり距離感がバグってしまって、これなら手が届くんじゃ無いかなって心が勘違いをしてしまう。
 
 
「今なら夜空に落ちてしまいそうですね」
 
 
こんな返事はどうだろう。意味は伝わりづらそうだけれど、月が綺麗とかいう甘ったるい台詞に負けないくらい甘ったるい….ブーッブブブッブーッブーッブブブッ
 
 
着信音で地球に引き戻された。
 
 
「バウムクーヘン!?寄越せや、タダなんやろ??」
 
 
先程連絡した友人のうちの1人だった。コイツとはもう縁切ろうかなって思った。
 
 
小さなバウムクーヘンは酔った味がしてとてもおいしかったです。
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