夏は嫌いで

冬は惨めで
春は何かに追われてるようで
秋になると君を思い出してしまう
 
 
 
彼は意地の悪いオタクだった。マジで意地が悪かった。僕と彼は小中高と同じ学校に通い、苗字が似てたので出席番号も近く接する機会が多かったのだけれど、僕に何回も突っかかってきたしいつも穿った物の見方をして斜に構えていた。正直嫌いだった。例えば小学生の頃、僕が彼に「昨日のTVでやってた大食いが凄かった!!」と話すと、彼は「あんなの編集でつなぎ合わせてるだけだ。お前みたいな騙されやすい奴らが盛り上がってるだけで馬鹿以外は本当の事を見抜いて当たり前で……e.t.c」と多弁で食ってかかってくる。めんどくさかったし大っ嫌いだった。
 
 
 
そして一緒に同じ中学に上がった頃、僕らは当時まだ黎明期だったニコニコ動画にはまり、ラノベにはまり、クラナドにのめり込んだりした。いわゆる「オタク」に僕らはなっていった。小学生の頃は僕は彼が嫌いだった(多分向こうも)が、段々とお互いの好きなキャラやボカロの曲、MAD系の動画について話すようになった。彼は相変わらず多弁で意地が悪い言い回しだったけれど。共通の趣味ができてこの頃あたりから僕らは仲良しって程じゃないけど、たまに話す、くらいの関係性になった。
 
 
 
そのまま僕らは同じ高校に進学した。この時もまだ僕らは相変わらずオタクな趣味にハマっていて、確か高校1年生の時だったか、放課後のマクドナルドでお互い何かの議論がヒートアップして
 
「お前は俺の知る限りで一番厨二臭い男で、正直好かん。そもそもお前がたまにドヤ顔で語ってくる人生哲学なんかも、だいたいが「ハガレン」とか「ジョジョ」とかそこら辺の漫画のパクリじゃねえか。中身が空っぽな人間の癖して自慢話は多いし話は盛るし、甘やかされて育ってんのがヒシヒシと伝わってきて……e.t.c」
 
みたいな事を言われた。僕はまた彼を嫌いになりそうだった。僕も僕で「デブ!ネズミ顔!人でなし!根暗な言い回しに酔ってるだけだろ!どっちが厨二病だ!」みたいな罵詈雑言をぶつけた。僕の方が言い回しは圧倒的に幼かったけれど、喧嘩になった。たぶん久しぶりの家族以外の人との喧嘩だった気がする。
 
 
 
その後、高校卒業頃には、彼が丸くなったのか、僕が丸くなったのか、高校2年生からクラスが違ったからか、どれが要因かわからないけれど、お互いいい距離感を保ちはじめた。言い方を変えれば疎遠になった。確か彼はロードバイクにハマって、僕は僕でギターにハマって、お互いの共通の趣味が無くなったのも大きな要因かもしれない。そのまま大学受験が終わり、僕は浪人が始まり、彼は田舎の大学に進学した。
 
 
 

 
僕の最後の浪人の年、まだ夏を感じる頃に彼は僕を訪ねてきた。高校卒業以来会ってなかった彼から急に連絡が来た時は少し緊張したのを覚えてるし、二つ返事で僕らは会うことになった。「17時、新宿西口のスタバで」と約束をした時は、マクドナルドでアニメや漫画について話してた昔が懐かしくなった。
 
 
そしていざ再会してみると彼はだいぶ風貌が変わっていた。見た目もスリムになり、ピアスを開け、セブンスターを吸い、一番の特徴であった人を刺すような目つきからは以前のような尖りは無くなっていた。「久しぶり」と彼は穏やかに言った。
 
 
 
それからは彼の色んな話を聞いた。大学に入ってロードバイクのサークルに入った事、結構ガチなサークルだったお陰で痩せた事、サークルのトップになった事、サークルの同期みんなで留年したこと、自分だけ2留した事、まだ彼女が出来てない事、まだ童貞を卒業する宛のない事、自分が小学生の頃に家を出て行った当時大学生だった兄に会いに東京へやってきた事、そして僕の受験を応援してる事、、、e.t.c。色々な話をする彼だったが、そこに以前の面影を見出す事は出来ず、居たのは社交性を得て、優しくなって、少し弱くなった彼だった。
 
 
 
スタバを出た僕らは、彼が一度食べて見たかったという家系ラーメンを一緒に食べに行った後、そのまま新宿駅に向かった。「これから10年ぶりに兄に会いに行く」と緊張気味に彼は言った。そして、セブンスターをポケットから出して「行く前に吸っていいか?」と僕に聞いてきた。タバコなんかあまり吸ったことなかったけど「付き合うよ」と答え、二人で西口の駅前にある喫煙所に向かった。
 
「お兄さんに会いに行くって、家に行くん?」
 
「いや、なんか今バーテンダーしてるらしいからそのバーに行く。そこで酒飲んでそのままホテルに泊まるよ。」
 
「そっか、じゃあゆっくり話せるとええな。」
 
「まぁアイツと話すことなんかないけどな。他に客も来るやろうしすぐ退散するよ。それより敏雄はやっぱりいつか医者になるんか?」
 
「あぁ、まぁ医学部に受かればやけどな。どこまでやれるかわからんけど。医龍に憧れて目指しとるだけやし。」
 
突然の質問にたじろぎながら僕は自嘲気味に鼻で笑いながら答えて、彼の方を見た。しかし、彼は昔にみたいにバカにするでもなく
 
「ほうか、きっとなれるで。」とつぶやいた。
 
僕は少し照れくさくなり、「すまん、もう一本タバコもらえる?」と彼に頼んだ。そのままお互いに新しいタバコに火を灯すと
 
「じゃあ敏雄は将来金持ちになって、美人と結婚して、色んな人に感謝されて天国にいくんやろうな」と、大きな煙を吐きながら彼は言った。突然の彼らしくない言葉にむせそうになりながら僕は、
 
「何を突然変なこと言うとんのや。あれかもわからんで、俺は患者を助けるだけやなくて殺してしまうかもしれんで、実力不足とかで。行けたとしてもきっと天国やないどこかやな。でも地獄もいややし、異世界転生とかやな。」
 
「相変わらず厨二臭い事言いよるなお前は。まぁでも異世界なら天国よりもええかもわからんな。」
 
笑いながらそう言う彼の横顔には、昔のマクドナルドでしょうもない話をしてた頃の面影がちらついた。「何をバカな話しとるんやろな」と僕は場を濁し、タバコの火を消した。彼もタバコを終わらせ
 
「じゃあ受験がんばってな。応援してる。今日はありがとう」と言って去っていった。僕も彼の進級や就活を応援してると伝えた。
 
 
 
それからの冬、僕は周りの現役で大学に合格した元同級生が○○に就職しただの、美人と結婚しただの話を聞かされながら、僻みや情けなさに溺れたままなんとか受験本番を終え、僕はようやく大学に合格した。なんとか冬を越して春になると、下宿先決めや、引っ越し、入学式、授業の準備など沢山の事をしなければならず、順調に人生を歩んでいる同級生達や彼の事などを考える余裕はなかった。そんな忙しさや、これからへの期待や不安に追われていた頃、突然僕の元にある報せが届いた。
 
 
 
 
僕に桜が咲いた頃、彼は旅立ってしまった。「誰かや何かが悪いわけじゃない、誰も何も気に病む必要はない。ただ、俺は先に行く。みんなすまない。」そう言い残して。
 
 
 
年に一度、まだ夏のけだるい暑さが残る秋の夜に僕は慣れないセブンスターを吸う。きっとどこかで夢の中にいる彼と、天国よりもマシな場所でまた出会った時のために、ゆっくりと昔を思い出しながら。
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